プロフィール

風沙

Author:風沙
映画好き。
最近は、香港明星トニー・レオンさんのファン。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

テラス・シャンブロウ
きままに独り言・・・
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブロークバック・マウンテン
う~ん、とても静かで、そして痛い映画でした。

。。。。。。。。。ネタバレします!。。。。。。。。。。。。。。。


自分の愛情と性のあり方も、まだよく理解しきれてない気がするし(笑)、男女関係にしろ同性同士の関係にしろ、深く語れるものじゃないのだけれど・・・
人それぞれに個性や性格の違いがあるように、その人にとっての愛とか性のあり方も千差万別じゃないかな~と思っている。
そして、それを周囲に受け入れられ実現できるかどうかは、その社会や時代に左右される。

この映画の二人のカウボーイが生きている世界では、男同士で愛し合う事など、とても認められない。
それどころか、バレたら殺されるかも知れないのだ。
(だけどなんで「殺す」んだろう。いくら気に入らないからって、なんでそこまでするんだろう。
本当に暴力的だ・・・そっちの方がよほど、神の教えに背く許されない行為じゃないだろうか)
イニスの父親は、リンチで殺したゲイの死体を息子に見せつける。
子供に、わざわざ凄惨な場面を見せる愛のなさ。
男らしさを過剰におしつける、こういう人は、むしろ心の弱い人なんだと思う。
怖くて仕方ないから、強く見せたいのだ。
愛がある本当に強い人は、そんな事をする必要もない。

イニスは無骨で寡黙なタイプ、ジャックは甘いハンサムで陽気な感じ。
でも二人とも父親とうまくいかない過去があり、孤独で居場所がない。
最初はほとんど話もしないが、少しずつ打ち解けていく。
深い山の奥で羊を放牧する日々。
二人は、そこで一線を越える・・・・が、仕事が終われば別れるしかない。
下界に戻って、それぞれ結婚して子供も生まれる。
しかし、心は・・・・

この映画が痛いのは、やっぱり妻子がいるところ。
特に、イニスの妻と娘が見ていてつらかった。
妻は偶然、二人の秘密を知ってしまうが、口にさえ出せない。
娘も父親から、微妙に距離を置かれる。
愛されない苦しみ・・・・なんだか身につまされました。
偽装生活は、本人も家族も蝕む。
結局、イニスは自分が本当に欲するものから目をそらし、望まない生活に耐えながら、周囲を遠ざけ傷つける。

ジャックは思い切って一緒に暮らそうと何度も誘うが、トラウマのあるイニスはどうしても踏み切れない。
最後に会った時、「いっそ別れられれば」と言うジャックにイニスが
「好きにしろ」
と言いながら、泣き出してしまう場面、強烈に胸が痛かった。
無口で感情表現の下手な男が、子供のように膝から崩れおちてくのだ。
思わず謝りながら駆け寄って、優しく支えるジャックの中に母性さえ感じた。
去っていく車を見ながら、ジャックが思い出すのは、昔この山で過ごした至福の時間。
焚き火の前で、突っ立ったまま眠そうな彼をイニスが後ろから抱きしめて、小さな声で歌ってくれた子守唄なのだ・・・

出会ったのが、良かったのか悪かったのか。
出会わなければ、もっと穏やかに暮らせたのかも知れない。
でもたぶん、運命なんだろう。
魂が触れ合うような相手には、性別を問わず、なかなか出会えるものじゃない。
二人がお互いにとって、居場所だったのだと思うから。

スポンサーサイト
エミリー・ローズ
地味だけど、結構しっかり出来てる映画です。
ホラー風味の法廷劇なのかな、とそんなに期待せず軽い気持ちで見たのですが、いろいろ考えさせられました。

。。。。。。。ネタバレあります。。。。。。。。。。。。。。。。

エミリー・ローズは、悪魔憑きだったのか病気だったのか。
その死は、病気を放置した神父の責任だと、検察は追求する。
昇進目当てに弁護を引き受けた女性弁護士は無宗教。
ところが裁判の進行とともに、彼女は次第に悪魔の存在を感じ始め・・・

前半は、思った以上にホラーでした。夜中に思い出すと後悔しそう(笑)
ひたひたと迫りくる悪魔の気配が、実に嫌~な感じです。
公私ともに追い詰められ、女性弁護士の心が試されます。
そして、裁判前には考えられなかった選択・・・昇進を蹴ってまで、神父に証言させるのです。
彼女は、この裁判を経験して変容します。
「闇を覗くとは、そういうことだ」
と、神父は言います。
最後まで付き合う、エミリーのボーイフレンドの言葉が印象的。
「彼女を知る前の僕は、まるで死人みたいなものだった」
深い闇を覗く時こそ、同時に光の存在も初めて強く感じることが出来るようになるのかも知れません。

失敗した悪魔払い、エミリーの死・・・まるで悪魔の勝利のように見えるこの事件が、やがて光に変わってゆくのは不思議な感動です。
苦しみを引き受け、多くの人に知らしめる・・・ふと拉致家族の皆さんを連想しました。
邪悪なものは、悪魔の姿とは限らない・・・こうした聖なる戦いを戦っている人たちが、実は日本にもいるんじゃないかと思います。

声さえ出すなと・・・
テレビで、コメンテーターの弁護士が岩国市の住民投票について、こんな風なことを言っていた。
「国全体の防衛戦略を考えれば、こうした住民投票は無意味だ」
驚いたのと同時に、ちょっと笑ってしまった。
この人は本当に「弁護士」なんだろうか。
お上の言うことには、国民は「声」さえ上げずに逆らわず、右から左へ大人しく従えってこと(笑)
ずいぶん都合のいい、奴隷みたいな国民だな~(笑)
そういう精神で弁護士が務まるなら、ずいぶん楽なことだろう。

住民投票は50%を上回り、成立した。
結果は反対票が賛成票をはるかに上回った。
この結果そのものよりも、「投票自体」に「行くな」と圧力をかけた人達がいた事に驚く。
考え方に違いがあるのは、むしろ当然。
皆、それぞれの事情を抱え、自分で考え、賛成でも反対でもそれを表明する自由がある。
それこそが素晴らしい事なのに。

しかし「投票自体」に「行くな」とは。「無意味」とは。
それは、民主主義の自殺みたいなものじゃないだろうか。
こんなんじゃ、まともな国だなんてとても言えなくなってしまう。

入院した頃は、まだ寒くて黒いコートでちょうど良かったけれど、帰ってきた日はもう春めいていて、厚着はおかしな感じだった。
タクシーの窓から、あちこちの家の庭で咲いている梅の花が光って見えた。
病室で知り合った人は、「先のことは、あんまり考えないようにしてるのよ」と柔らかく笑っていた。
「でもね、いつか桜の頃に退院するのが、私の野望なの」
春は美しいけど、ちょっと嫌いだ。
たくさんの出会いや別れ、移動がある。
次々に花が咲き散って、無理やり時間を意識させられる。

本屋に寄ったら、作家の村上春樹さんが自分のHPで、読者のメールに丁寧に答えたのをまとめた本が出ていた。
ざっと読んだだけだけど
「最近、傷つく事があったのですが、そういう時、村上さんはどうしていますか?」と聞かれたのに対して
「その時、自分が第三者を巻き込んで傷つけるような事をしたかどうかをチェックして、それが無ければOKと思うようにしている」
みたいな答えを返していたのが心に残った。
傷ついた時、誰かを傷つけていなければOK・・・

病院の売店で、週刊誌をパラパラ見ていた。
野口さんの事件は、まだ時々取り上げられていた。
いつものニュースのサイクルなら、とっくに消えてもおかしくない頃。
帰宅して久しぶりにネットを見ると、事件の資料を集めたり、テレビ局の操作的な報道を地道に記録しているサイトがあったりして、一時期ほどでは無いとしても、まだ関心を持ち続けている人達がいるらしい。
この事件は他人事ではない、そんな危機感。
政治家、警察官、ジャーナリスト・・・こんなにみんな偽装なのか。
野口さんのご遺族が、もし法的な異議申し立てが出来たら、その時はこの潜在的な関心の高さが、力を生み出せるかも知れない。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。