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Author:風沙
映画好き。
最近は、香港明星トニー・レオンさんのファン。

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テラス・シャンブロウ
きままに独り言・・・
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ホテル・ルワンダ
これは、怖いです。
以前こんな事が本当にあったと知るだけでも意味があったと思いますが、怖いのは「今でもこれは起こり得る」と感じるから・・・

。。。。。。。。。。。ネタバレします。。。。。。。。。


ルワンダで本来は仲良く共存していた「ツチ族」と「フツ族」。しかし植民地化の途上で、少数派ツチ族が、社会の支配層的役割を担う形になっていた為に、フツ族には不満があり、そのあたりが虐殺の根になったようだ。

フツ族のラジオが呼びかける。
「隣人を監視せよ!」
それが、たちまちエスカレートしてゆく。
「高い木を切れ!」(殺せ!)と。

4つ星ホテルの支配人は、フツ族出身だが、妻はツチ族だ。子供もいる。
情勢が逼迫してくると、彼のホテルが避難民の駆け込み寺になる。
国連軍も、マスコミも頼りにならない。
欧米人の帰国を優先するのみで、避難民は世界から見捨てられた格好だ。
それでも支配人は、通常通りにホテルを運営し、あらゆるコネや金を駆使して、なんとか皆を救おうとする。

国際電話による働きかけがうまくいき、支配人の家族を含め何割かの家族が国連部隊に守られ、ホテルを離れて脱出しようとすると、ラジオに煽られたフツ族の群集が、道を塞ぐ。
敵に囲まれた避難民と国連部隊の兵士たちは、ともに死に接近する。
支配人の必死の呼びかけで政府軍が動き、なんとかこの時は無事に戻ることが出来た。
さっきは国連軍が当てにならないとは言ったけれど、こういう緊迫した局面になると、これは「命がけの仕事」なのだと解る。

ある日、隣人がナタを振り上げて襲ってくるなんて、悪夢だろう。
しかしホラーではなくて、実話なのだ。

「ツチ族を根絶やしにする。彼らはゴキブリだ」
「ゴキブリをかばう奴も、ゴキブリだ」
どこかで聞いたような言葉。
アウシュビッツで行われた事、ユダヤ人が妬まれていた事、みんなどこか似通っている。
憎しみは、どこから来るのだろう。
○○族だから、○○人だからという理由だけで、ナタを振り下ろす憎しみは。
こういう心は、人間の本性に埋め込まれているんだろうか。
くいとめる手段は、ないのだろうか。



「ホテル・ルワンダ」の日本公開を応援する会
                  http://rwanda.hp.infoseek.co.jp/

テレビで「HERO」
久しぶりに観ました。これはやっぱり映画館か、せめてプラズマ級の画面で観たいですね。家のテレビじゃ物足りない~(笑)

赤、青、緑、白それに黒も効いている。壮大な宮殿や砂漠の風景も美しい。工芸品みたいな映画。
刺客・無名と皇帝が向き合う能のように静かに緊迫した場面と、飛雪と残剣がいろいろなパターンで演じ分ける表情豊かな芝居の場面の対比も面白い。
特に印象的なのは、女剣士・飛雪のキャラ。
恋人・残剣との関係性がまったくの互角、対等(いや、やや上?笑)なのが、時代劇では、珍しい感じだ。
「グリーンディスティニー」でも、剣の道にとりつかれたお姫様が面白かったけれど、「HERO」の飛雪も、秦王に亡ぼされた国の将軍の娘で剣に優れ、復讐に燃えている。
残剣と飛雪は、恋人同士、ともに闘う戦友でもある。
しかし書を極めた残剣は、秦王の資質を見抜き、戦乱で苦しむ民のために暗殺を止めようとする・・・

平和を願いながらも、最後まで飛雪の意志を尊重する残剣。
たとえ、刺されても・・・
「HERO」は、実は滅多にないくらいなフェミニズム映画と言っていいかもしれません。
トニー・レオンでなければ、この味は出ないな(笑)

映画館で見たとき、終わってロビーに出ると、年配のご夫婦が
「よかった・・・」
「よかったね」
なんて言いながら、仲良く並んで出て行かれるのを観て、微笑ましくなったのを憶えています。
人生の戦友・・・ああいうご夫婦が楽しんで観られる映画っていいなぁって思ったのでした。


あぁ、ジブリまでも・・・
最近、ショックだった事といえば、スタジオ・ジブリの新作のニュースだった。
原作が、なんとあの、アーシュラ・ル・グィンの名作「ゲド戦記」。
どちらかと言うと、グィンの短編集「風の十二方位」のファンだったりするのだが、それでも「ゲド戦記」をジブリがやる、と聞いただけで胸躍るニュースだった。
実際、ずっと映像化のOKを出さなかったグィンが、突然「ゲド戦記をやれるのは宮崎駿しかいない」と連絡してきたとか。
うぅ、感動~!両方とも好きだった作家が、こんな形で結びつくなんて、夢のようだ(涙)
しかし、詳しく聞いてビックリした。
監督をするのは、宮崎駿監督ではなくて、なんと息子さんだという。
ガーーーン・・・そ、そんな・・・「世襲制」だなんて・・・・
歌舞伎や雅楽などの伝統芸の世界なら、まだ理解できる。でも、アニメ作りが「世襲制」だなんて・・・あんまりだ。
例えば、息子さんがずっとアニメの世界で研鑽と経験を積み、インディーズでもいいから、良質な作品を発表してきたなら、納得も出来るけれど、今まではまったく別分野の仕事をしてきた人とか。

「風の谷のナウシカ」の頃から、ジブリのファンだった。
地方の映画館で初めて見た時の衝撃は、今でも忘れられない。
「天空の城ラピュタ」の完成度は、黒澤映画に続く日本映画の一つの頂点だと思う。
その後もレベルの高い作品を作り続け、今では、日本が誇れる良質なブランドとして、内外ともに認められている。
宮崎監督のジブリ製なら、ほとんど裏切られないと知っているから、みんな期待して映画館に足を運び、そして満足して帰る事が出来る。
(個人的には”もののけ姫”だけは好きになれないし、”ハウルの動く城”もいま一つだったけれど、それでもやはり凄いと思う)
そのジブリをしても、・・・息子さんなのか。
他の若手がいないのか。そこまで人材がいないのか。
誰も育っていないのか。
そんな・・・

「世襲制」は、伝統芸や政治の世界で、もうたくさんだと思う。
せめて、アニメや映画作りくらいは、風通し良くあって欲しいと思う。
血筋や出身とは関係なく、いろんな所から、いろんな人が集って、実力を競い、良い作品を生み出す工房・・・そんなのは、あり得ないのかな(笑)
いろんなタイプの才能が切磋琢磨して、花開く「百花繚乱」状態を作り出すことが理想だと思うのだけれど・・・例えば、幕末期に多くの人材を出した適塾みたいな。
塾生たちは、決められた日に、みんなの前でそれぞれの研究を発表して厳しい質疑応答を受ける決まりだったので、ものすごく勉強したらしい。
そういう育てるシステムが、日本は弱いような気がする。
誰か一人の天才に依存するだけでは、一発だけの花火で終わってしまう。


SAYURI
う~ん、思ってたよりはずいぶん良かったけど、やはり残念な気分。
ハリウッド流を責めるよりも、こうした題材をちゃんとした日本製で世界に問えない邦画の力量不足を嘆くべきだろうと思います。

それにしても、着物にとって「うなじ」と「肩」って重要なんだなぁ。
チャン・ツィィーはうなじが見えてるのはいいのですが、肩が怒りすぎ・・・可愛いけど。コン・リー姐さんもミシェル・ヨー姐さんもいつも風呂上りみたいに髪を下ろしていて、うなじが見えず。
確かに髪を下ろすと色っぽいのですが、いつもはきちんと結い上げている人が、「たまに」崩すからドキっとするのであって(笑)
そういう「抑制の美学」みたいなのが、もっと観たかったですね。
SAYURIの性格も、結構普通っていうか、奥深く秘めた情熱や強さまでは伝わってこなかったです。
同じロブ・マーシャル監督の「シカゴ」の主役2人の女優さんのような鮮やかな対比には至らず。
SAYURIとミシェル・ヨー姐さんの師弟関係というのも大事な縦筋ですが、これもわりとアッサリ表面的なものにおわっていたような。
そんな中、本物の情念を感じさせたのは、工藤夕貴。
あんな感じで全編作ってくれたら、華やかさと引き換えに裏切り嫉妬の入り混じった多くの時間を通りすぎて、SAYURIが最後に純な想いを実らせた時、涙がこぼれたかも知れません。

親切なクムジャさん
凝った味のケーキを食べた気分(笑)
手放しで美味しいとは言えないけど、クセになりそうな・・・

。。。。。。ネタバレします。。。。


「神は細部に宿る」という言葉があるけれど、クムジャさんはそれをよく知っている。
彼女は復讐にも、ケーキ作りにも手を抜かない。
どちらも見事に芸術的にやり遂げるのだ。
殺人現場の床は汚さないし、どんなに追い詰められても、銃の射程距離を忘れることはない。
この人は、きっと本質的にすごくキチンとしたところがあるのだろう。
何でも、きっちりケジメをつけないと気が済まないのだと思う。
彼女自身が、彼女を駆り立てる。
復讐が同時に贖罪であり、「借り」を返し切って元の自分に帰る旅でもある。

そんなにキチンとした彼女なのに、子供とケーキ屋の青年だけは、計算外な存在(笑)
ケーキ屋の青年なんて、殆ど役に立ってないのに傍にいるし・・・癒しキャラなのかな?(笑)
この二人は、強い仮面に鎧われたクムジャさんの唯一人間らしい弱点の象徴のようだ。
ラストシーン、多くの人が立ち去った後、雪道に残るのは彼女と娘と青年だけ・・・聖なる三角形。

気になるところも少し。
オーストラリア育ちの娘に、クムジャさんの気持ちを通訳する場面、確かに面白いのだけれど、もし男が本当にそれほど酷い殺人者なら、正しく訳したりしないような気が(笑)悪意で誤訳したりして・・・

それにしても、こういう複雑な味わいがだせるのだから、今の韓国映画は強いなぁ。
口当たりのいいだけの「泣ける」やら「子供・動物」そして「CG」のトッピングに頼りがちな邦画・・・まだまだ遠い。


ハリーポッターと炎のゴブレット
ハリポタファンでもないし、もちろん原作も読んでないけど、映画の方は一応一回ずつ観ている程度の、醒めた観客です。
でも、今回の監督はなかなか良いのではないでしょうか。

ネタバレあります!!注意!。。。。。。


なんでも原作は、前後巻二冊に分かれた膨大なものだそうで、まとめるだけでも大変そう。
ワールドグディッチ大会とか、3大魔法学校対抗試合とか、おおきな見せ場続きな上に、例の「あの人」の復活まであって盛りだくさん。
さすがに登場人物が多すぎて、さばききれなかった部分も少し感じられましたが、CGばかりに頼らず、人間の感情のドラマを大切にしようとする姿勢があちこち感じられ、好感が持てました。
全体として観れば、まさにハリーポッター版青春グラフティ(笑)
異性を意識し始めるお年頃、ハリーとその仲間3人だけでなく、周囲の友人や先生たちまで、それぞれ揺れる気持ちをこんな風に丁寧に描かれるのは珍しいのではないでしょうか。
ロンのダンス練習場面や、ハリーとパートナー探しに焦る場面など、かなり笑えます。
ハーマイオニーがドレス姿で階段を降りてくるところは、せっかくなのでもうちょっと派手にフワ~と裾を流して華やかに演出して欲しかった(笑)

他の学校との交流から得る刺激、ワクワクする舞踏会、厳しい対抗試合での競争・・・そして思いがけない友人の死。
まさに「青春映画」の定番しっかり押さえてます(笑)
こうした経験を経て、ハリーたちが大人になってゆく。
ハーマイオニー「みんな・・・変わってゆくのね」
これからはたぶん、「あの人」との本格的な戦いに突入してゆくのかな?
嵐の前の幸せなひととき・・・
後になって、あれが子供でいられた時代の最後の輝きだったなんて、思い出しそうな切なさがありました。

同じ月を見ている
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少しネタバレ注意!!

俳優さんたちの頑張りで、何とか救われた映画。
映画全体としての出来という点では、かなりガタガタだと思います。

心臓手術の執拗なドアップとか、刃物で刺される場面が妙に長かったり、全体のバランスが悪い。
心臓の悪いはずの女の子がやたら走ってたり、家族の承認もなしに心臓移植が行われたり、?がつく場面が多くて気になります。
岸田今日子さんの家に住み込んでから、放火少年とドンとの絡みがまったくないのもドラマとして薄すぎるし、ドンが消えたと聞いて探しに行く時も、せめて「山の方に行った」とか何か情報がないと不自然。
クライマックスの火事の場面で、消防の人達がさっさと消えて、3人だけになってしまうのもとっても奇妙だし(笑)
爆発シーンがやけに派手だったりするのは、監督の好みなのかな(笑)
でも冒頭のドンの脱走場面で、夜の野原の草をかき分けて走るところのスピード感とか・・・基礎はガタガタなんですが、妙に光る場面もところどころある不思議な映画です。

そんな映画の欠点をドン役のエディソン・チャンや、ヤクザ役の山本太郎の集中力のある演技がカバーしてました。
この二人より目立たないように見える窪塚洋介ですが、抑えた感じでこちらも悪くなかったと思います。
立ってる姿が、なんだか傷ついた鹿のような風情というか・・・
ヒドイ奴の役なのに、どこか清潔感があって、嫉妬の苦しみ、人の弱さ、痛々しさなどが漂って良かったです。
あ、あと美容整形外科医役の松尾スズキさん、味がありましたね。好きです(笑)

TAKESIS'
。。。。完全にネタバレしますので注意~!!


夢の断片のパッチワーク・・・というより、夢の入れ子細工かな。ロシアのマトリューシカ人形みたいに夢の中にまた夢が入ってる構造。
でも「マルホランドドライブ」のように甘美で怖い毒に酔わせてはくれない。
シラジラと寂しい夢。
奥行きのない蛍光灯の光の下で、受けないギャグをえんえんと演じてるようなどこか寒い雰囲気が漂う。

世界的映画監督の「たけし」と、売れない芸人の「たけし」。
成功した監督としてやたらに周囲から持ち上げられるのも、コンビニ店員をしながらオーディションに落ち続けるのも、どちらも居心地が悪そう。
二人のたけしの状況は、やがて混じり合ってくる。
売れないたけしがタクシー運転手のバイトをしていると、太った二人組みやら、売り込みの人が無理やり乗ってきて、ギュウ詰めになって、死体がバタバタ倒れているのを除けながら、暗い道を走って、結局は崖から落ちたり。
このへん特に、皆にすがられ頼られ過剰に期待される「たけし」という存在のツラさを感じました。
それでも、振り捨ててゆく訳にはいかない。
面倒くさいしがらみや義理や責任を背負いながら、ヨロヨロ走り続けるしか残された道はない・・・

銃を手に入れたあたりから、売れないたけしが「力」を得て暴走を始め、最終的には監督たけしを刺すに至る。・・・が、それは監督たけしが、刺青の絵を背中に描かれている間にうたたねして見た夢だった・・・と見えたが、実はすべてが、映画の冒頭でアメリカ兵の前で死んだ振りをして倒れている日本兵たけしが撃ち殺される前に見た一瞬の夢だったんじゃないのか・・・・?で、終わる。

無常観ていうのか。
戦後の貧しさの中で少年時代を過ごし、売れない芸人として浅草時代を経験して、お笑いブームに乗ってバカ当たり、映画を撮ったら意外にも海外の映画祭で賞を取ったりして、ふと気がつくといつのまにか凄い文化人みたいに祭り上げられてる違和感。
日本ではちっとも客が入らない映画が、「ベネチア映画祭で賞取った」というハクをつけると、とたんに見直されたりする薄っぺらさ(笑)
島国根性なのか、誰か一人が成功すると、すぐに神みたいに持ち上げて期待され無理やり虚像を押し付けられ、わらわらと寄りかかってくる・・・俺はそんなに背負いきれないよ。
あ~ぁ、みんな粉々にぶっぱなしてーよ・・・
そんな、つぶやきが聞こえてきそうな(笑)

京野ことみさんは、そんなたけしに寄り添ってついてきてくれる、優しい(理想の?都合のいい?笑)夢の女。
でも、いつか不意に、違う男とどこかへ行ってしまうかも知れない不安がある。
本当に最後の最後まで離れないのは、たぶんあの女・・・たけしが名声を得た監督だろうと、ただのコンビニ店員だろうと変わりなく、容赦なく罵声をあびせ叱咤する岸本加代子。
たけしが銃を振り回して暴力に酔いたいと思っても、彼女は変わらない。いつも冷水を浴びせるような言葉や行動で現実に引き戻す。
何故、彼女だけ違うのだろう。
それはたぶん彼女が「舞台裏を知ってる」特別な女だから。
かっこつけてみたって、しょせん元は洟垂れ小僧。
情けなさもガキっぽさも知っている・・・叱る女=母の象徴だからかも(笑)

池袋のロサ会館で観たのですが、ちょっと裏ぶれた感じがこの映画によく合ってました。
入り口の張り紙には、な、なんと早くも上映回を減らす旨のお知らせが!(笑)
私は退屈しませんでしたが、他の人に薦めるのは博打な映画だと思います。



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